思い出した時書くやつ

じゃがりこを食べる手が唸るぜ

おいしいごはんってなんだろう

私は一応、自炊もどきをしている。

「もどき」とつけたのはまだ自炊歴が3年目に突入したところなのにメニューがおもいきり偏っていたりレパートリーが単純だったりするからだ。メインは大体肉だし頑張って週に1回魚を挟むも「少ない」と言われる始末。しらんがな…。

「そう言っててもそんなにひどくないでしょ」と思うかもしれないがはっきり言ってひどい部類に入ると思う。この間はどこかでチョイスをミスしたらしく、【梅しそちくわチーズ春巻き、カボチャサラダ、卵焼き、油揚げの味噌汁】という迷走っぷりだった。全部黄色、生野菜がない…そんな日が多い。むしろほとんどだ。食卓に並ぶ緑色はたいていきゅうりかほうれん草の二択だし。

私は自炊3年目に突入してもこんな料理しか作れないなんて、と若干の焦りを感じている。そして、実家の料理はどうだったっけな、と思い返す。

 

コリアンダーとかラディッシュとか、そういうおしゃれなものはおろか恐らくオリーブオイルすら実家には無かったような気がする。それでも毎回緑の野菜は色んな種類が出てくるし、主菜、副菜1,2、味噌汁だって手作りだ。私は豚汁以外インスタント。だって1回で食べ切れる2人分を作るのってすげーめんどくさいんだぜ?

母はいつも「あんたらには適当なご飯しか作ってないわ」と言うが、そんなことはない。母が作るご飯は『おいしい』。

では、私のご飯はどうだろう。本当においしいのだろうか?おいしいとはなんなのだろう。味はいいと思う。だって美味しいものしか組み合わせてないから…。

 

私が最近思う「おいしいごはん」の定義は、味がいいとか香りがいいとか、そういうこともさることながら、『食べていて安心できる』だと思う。

 

私のごはんは「安心する」だろうか?私は安心した試しがない。いつも食べながら「可もなく不可もなく、普通だな」と思って食べる。満足していない。もはや満足とは何なのかがわからない。自分の料理に満足して、安心して食べられる時が来るのだろうか?

そこで、私のご飯を毎晩食べている彼氏(29歳・背中がふかふか)に意見を求める。「今日の夕飯どう?」すると彼は決まってこう返すのだ。

「普通」

――全く役に立たねえやつだ。残念なことに彼は食事を食欲を満たす行為としか思っていないためにこういうことしか言えないのである。なので、おしゃれなご飯を食べに行こうと誘っても行ってくれた試しはない。彼の辞書の「食事」の意味に「時間や空間を共有する」という説明はないらしい。

ただ、どんなに迷走した献立でも食べてくれるのはありがたい。一緒に住んで「微妙…」と言われたのは、塩の分量を間違えたナムルと謎のあんかけ豆腐ハンバーグの2回だけだ。よく微妙で留めたな。私は不味すぎて自分に怒り狂いそうだったよ。

「俺が黙って食べるってことは美味しいってことでいいんだ」と言われるので、多少なりとも「安心」が私のご飯にはあるってことでいいのかな。

 

安心する部分は「他人が作ったから」というのもあるのかもしれない。自分は待ってればご飯が食べられるというのはとても幸せなことなんだなと思う。私にご飯を出してくれる飲食店さん、お母さんありがとう。

私も自分で安心できるようなおいしいごはんを探求していこうと思う。味だけがすべてじゃあないのよね。今年も1年、細々と失敗しながら料理していこうと思う。

君は変なところで減速するフレンズなんだね!

私はオール地下鉄通勤をしている。

自宅から職場まで地下鉄で行けてしまうので、特にJRなんかは用がない限りは乗らない。そもそも、私が住んでいた仙台と違って地下鉄だけである程度のところは行けてしまうのが便利だと思う。仙台なんてかつては地下鉄が1本しかなく、市販のスケジュール帳の後ろの方にある便利ページには東京の妖怪のような路線図に対して斜め線1本をででーんと載せていた。最近2路線になったが、それでもまだ東京には勝てそうにない。

上京して3年目になるが、週に1回、どうかすればほぼ毎日私が疑問に思っていることがある。それは、朝の通勤時間(弊社は出社が10時なので他に比べれば遅いが)で駅には人が山ほどいるのに、謎のタイミングで加速・減速をするフレンズだ。

 

ケース1:乗車

誰よりも前に並ぶ時はものすごい速さなのに、乗る時はすごーいスロー。
なぜ減速する。早く乗れ。

 

ケース2:エスカレーター

後ろに長蛇の列ができてるのに割り込んできて(これは仕方ないとも思うけど)

 交わった時に「どうぞ…」みたいなことされる。

割り込んだなら躊躇わずに早くいけ。

 

ケース3:降車

音楽がなり終わってそろそろ乗らないとやばいなーという時、満を持して優雅に降車。

今すぐスマホをいじるのをやめなさい。

 

上記以外にも「いの一番に降車したまではよかったのになぜかそこで立ち止まりスマホをいじる」や「ドアの真ん前に乗っていて大量に人が降りているのに頑なにそこをどかない」など疑問を持つフレンズが沢山いるが、上記3つについていい思いをしないことが多い。圧倒的に減速・加速のタイミングが逆だ。

色々な思いはあるが、来世は線分A、B間を等速で移動する点Pを目指してほしい。

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私からはただそれだけである。

それっぽくしていれば信じてしまう

某医療系キュレーションサイトで色々あった。

いろんな人が言うように、命を軽んじて扱うことなかれ。倫理観を持ったほうが良い。そしてパクリはダメ絶対。

それについて書くと私もパクリ記事みたいになっちゃうだろうし、大体の人と思ってることは一緒だから割愛する。

これも人並みな意見しか書けないけれど、あのサイトは、デザインもちゃんとしていれば大手企業がやっているという「よく考えてみればそんなものは無いだろうが、普通に生活していれば細々考えることがない根拠のない安心」があったように思う。

大企業だってやらかす時はやらかす。でも、中小の名前がわかんない会社よりかは誰でも知ってる会社の方が安心感がある。当然名前が知れているからの責任があるだろうと考える。よく考えれば責任があるのは中小だって同じことなんだけど。

このブログをお昼休憩のときに開設し、しょうもない記事を書けるように、今は誰でも情報発信ができる時代。いい時代になったものだ…と北斗の拳のシン様のセリフを引用したいくらい便利になった。

だからこそ、ネットの情報というのは正確でなきゃならない、と思う。ある程度ユーザーが自分で判断することも大切だが、正しい情報を信じて「役に立った」と思われるのか、誤った情報を信じて「嘘じゃん」と見捨てられるのか。ほんの少し「ちゃんと調べよう」という気持ちが積み重なれば、こんなことにはならなかったはず。…多分。

 

そして、肩こりは幽霊が〜なんて書いた人は、この先一生肩こりに悩まされてほしい。
肩こりを甘く見ることなかれ。

結局西野カナがすきだという話

私が西野カナと出会ったのは中学生のときだ。

当時まだガラケー時代真っ只中で、着うたフルなんて言葉が全盛期だった時。携帯にイヤホンを挿すには変換器が必要だったあの頃。私はお気に入りのケータイ「docomo N703iD」(真っ黄色で四角くて超可愛いのだ。後に佐藤可士和氏がデザインしていたと知って驚愕して納得した)を機種変更するのが嫌だったのを覚えている。

 

私に西野カナの存在を教えてくれた、同じ中学で同じ塾に通っていた子は流行に敏感なおしゃれな女の子だった。

その子が「西野カナめっちゃいいよ〜!」と言うので、当時話題になっていた「Dear...」を着うたフルのサイトで購入して聴いた。

結果、ローテンポの曲があまり好みじゃない私には「Dear...」はあまり刺さらなかった。歌詞も文字として読むまでは「ふーんこんなもんか」という感じだった。ただ、彼女の高音ボイスは聴いていて癒しになった。

 

しかし、私は何かの弾みで「Dear...」のシングルに入っている「MEYBE」という曲を試聴した。この時私に西野カナショックは起きた。

 

私の知らない時間の君さえも 全部ほしいよ 

 

わかる。

 この時の私は彼氏なんて出来たこともないくせに未来の恋人に向けて束縛力を高めている『厄介ソクバッキー鼻たれ少女』だったのだ。故にこの出だしの歌詞は、手芸箱の針山のように刺さりに刺さった。

それからと言うもの、西野カナを聴く日々が始まる。
最初の頃の彼女は「逢いたくても逢えない切ない気持ち」をよく歌っていた。それが、学生という身分で彼氏が出来、でも自由に会えない気持ちを代弁してくれているようで「わかるわかる…」と共感していた。

学生や若い世代にウケる歌は「共感できる部分が多くある」ことだと某氏が言っていた。どんなにメロディが良くても、どんなに歌がうまくても、歌詞に共感できることが一番だと言う。

それは西野カナに対する私もそうなのかもしれない。
成長した今でこそ切なくなる日は殆どないが、それは彼女も一緒なのか、逢いたくて逢いたくて震えていた西野カナが、最近では「気になる彼は彼女がいた ドンマイ」と気持ちの切り替えがやたら早くなっているし、友人との絆を歌った歌も、卒業をモチーフにしたものから友人の結婚というテーマまで来ている。

彼女の高い声は癒されるし、メロディも覚えやすいものが多い。数年前、一番最初にテレビで聴いた時より格段に歌が上手くなっていて驚いたのを覚えている。

歌詞について取り上げられることもあるが、ぜひその色を変えずに突き進んでほしい。それが彼女の良さでもあるからだ。

彼女が今後歳を重ねて、どんな歌を歌うのか楽しみだ。

無理なものは無理なんだ

去年の夏、新宿のスターバックスでフラペチーノを彼氏と飲んでいた時のことだ。

 

隣りに座ったバンドマンは向かい側に座っている線の細い彼女を放ってノートパソコンとにらめっこをしていた。一生懸命何をやってるのだろうと思ったがあんまり覗き込むのも良くないと思い、私達は黙ってフラペチーノをすすっていた。

 

「スタバのネット遅くねぇ〜?」

 

バンドマンの彼はおもむろにそうつぶやいた。向かい側の彼女は「そうなの?」と聞いているのか聞いていないのかわからないテンションで返事をする。

 

「打ち込み用のサウンドファイルが全然ダウンロードできないんだけど!」

 

私達は無言でざわついた。

近年様々なところで導入されるフリーwi-fiは、フリーと言うだけあって色んな人が同時に使っているため快適にインターネットをすることはあまり期待できない。現に今いるスターバックスも狭いが席数はそこそこあり、また駅直結ということで他にもPCを開いている人も多いのだ。どうかすれば、スマホでフリーwi-fiを利用している人だっているだろうから、それ相応の恩恵しか受けられないのは当たり前なのだ。

 

「もういいや、弟に電話してみる」

 

iPhoneで電話をし始めるバンドマン。この話の流れからして、弟にダウンロードをお願いする電話だろうか。そうであってほしいという願いを胸に、私達はフラペチーノをすすり続ける。

 

「あ、もしもし?なんかスタバのネットが遅くて全然ダウンロードできないんだよねー。だからさー、家にあるあのネットの機械あんじゃん?あれの裏に書いてあるIDとパスワード教えて」

 

き、き、貴様ーーーーッ!!

私達は驚愕し、フラペチーノを出目金のような顔ですすっていた。

バンドマンの彼はもしや、家のネットワークを外で使おうとしているのか…?使えると思っているのか…?というか、使えると思ってるならなぜ最初から使わないんだ。まぁ使えないんだけども。

しかし正直なところ、こんな認識の人は私の家族含めて周りにはゴマンといる。普段そんなことを気にするくらいインターネットをしていないんだろう。そうだろう。ーーーそう思った矢先。

 

「え?ダウンロード?…うん、えっとね、6ギガくらい

 

私達はフラペチーノの氷のごとく冷たくなった。このバンドマンは、フリーwi-fi相手に6ギガのファイルをダウンロードしようとしているッ!

私達は考えるのをやめた。フリーwi-fiで6ギガのファイルをダウンロードするには、時間が足りなすぎる。というか、普通の回線だって6ギガをダウンロードするのにはそれなりの時間がいるんだから、こんな不特定多数が使っているwi-fiを当てにするほうが間違っている。確実に閉店時間を過ぎてもダウンロードは終わらないだろう。

 

そんなことを考えているうちに電話が切れていたらしく、恐らく希望どおりの答えが弟者から聞けなかったのだろう、バンドマンはむしゃくしゃしているようだった。目の前の彼女は黙ってコーヒーを飲んでいた。

 

「なんなんだよも〜、スタバでmac開いてるやつらって何してんだろうな〜?」

 

macに八つ当たりするのはやめていただきたい。

散々世間から「スタバ+mac」は淘汰されてきているというのに…!

私からすれば「スタバでmacを開いているスカした奴」より「フリーwi-fiで6ギガのファイルをダウンロードしようとしている奴」の方がよっぽど恥ずかしい。自分の恋人がそんなことをやっていたらPCを叩き割って別れるレベルだ。

 

耐えられなくなり私達はスタバを後にした。恐らくあのまま隣にいたら壁を殴らずにはいられない程の苛立ちを感じるだろう。

聞いているだけですごく疲れて帰宅するまでお互い無言だった。楽しみだったフラペチーノの味ももうほとんど覚えていない。

 

バンドマンの彼は無事に打ち込み用のサウンドファイルをダウンロードできただろうか。そしてちゃんと打ち込んで曲になったのだろうか。

今でもスタバに行くとこの出来事をたまに思い出す。